クヴェレホール(旧川崎銀行水戸支店)

ゆかりの地に立つ堂々たる銀行建築

現名称(旧名称)クヴェレホール(旧川崎銀行水戸支店)
竣工年1909
設計者新家孝正
施工者
構造鉄筋コンクリート造?
所在地茨城県水戸市泉町3-2-3

茨城県の県庁所在地、水戸には意外と戦前建築が少ない。市の中心部は大方戦争で焼かれてしまったこともあり、目立つ建築に乏しいのが少々淋しいところであるが、その中で貴重な明治の建築が創建と同じ位置で頑張っている。

1909年(明治42年)に川崎銀行の水戸支店として建てられたこの建物。川崎銀行はその後吸収合併を繰り返し三菱UFJ銀行となり、その水戸支店として2019年まで現役の銀行店舗だった。銀行の移転後、一時は取り壊されるのではないかと心配していたのだが、無事使われ続けることになった。

正面ファサード 元々は立派な屋根が乗っていた 現在正面玄関は塞がれ、側面から入場するようになっている

そして2025年に生まれ変わったのがクヴェレホール。クヴェレ美術館とカフェと一緒にテツ・アートプラザという施設を構成している。クヴェレというのはドイツ語で「泉」を意味するという(所在地は泉町…)。憩いの場としてイベント利用などもでき、無料で誰でも入れるのがありがたい(美術館は有料)。

左右対称の肩肘張った構成はいかにも明治の銀行建築という感じだが、少々物足りなさを覚えるのが屋根。実は創建時は立派な屋根やペディメント (下写真の2階中央部上に乗っかる三角形の部分)が乗っかっていたのだが、戦災で失って元に戻されることなく今に至るというわけだ。

創建当時の川崎銀行水戸支店 大ぶりな車寄せが目立つ 引用:網代茂『水府綺談』新いばらきタイムス社、1992

注目したいのが外壁の白色タイル。白タイルを外壁に貼るようになるのは明治末期以降のことと言ってよい。それまでの赤煉瓦と異なる印象を与えるモダンさが好まれたのだ。この建物も明治末期の建設ということを考えれば、当時は結構斬新な建物に見えたのではないだろうか。

側面 周囲から見られることを意識したのか、側面にもタイルを貼られ、デザインも手が抜かれていない

ここまで建物をざっと見て、ちょっと立派すぎるしモダンすぎるという印象を抱く。これが東京など大都市なら分かるが、当時の一地方都市水戸で?これが本店なら分かるが支店でここまでやる?という感想を抱く(水戸の方には失礼かもしれないが)。

しかしそれにはおそらくちゃんと理由がある。川崎銀行の創始者・川崎八右衛門は幕末の水戸藩の勘定方だった。明治に入り東京で銀行を創業、その後川崎財閥に発展させるのだが、今の水戸線にあたる鉄道を建設した水戸鉄道に出資するなど水戸との縁も切れなかった。八右衛門自身はこの建物の完成の2年前に没しているのだが、川崎銀行にとって水戸は創始者ゆかりの特別な地だったのは間違いない。だから水戸支店が立派に作られたのは、いわば「故郷に錦を飾る」ということなのではないか。東京で一旗揚げた八右衛門の水戸への凱旋。そう考えると納得がいく。本人は既にこの世にはいなかったが、その足跡は確かに故郷に残されたのだった。

そしてそれが100年以上銀行として使われ、その後は市民の集いの場として生まれ変わった。八右衛門は水戸支店の建物を通じて、2度故郷に恩返ししたと言えるのかもしれない。

内部 2階に回廊が巡る吹抜空間は銀行建築の典型 今では市民の団欒の場に
内部吹抜 戦災で大きく姿を変えたと思われるが、2階の柱をよく見ると柱頭に装飾が 戦後復旧で施されたものか 
かつての金庫はバンクギャラリーに 
構造は鉄筋コンクリート造という説明がされることもあるが…?

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